交流分析士2級認定講座と試験が、島根県浜田市で開催され、講座と面接試験に関わらせていただいた。

改めて思ったこと。交流分析の哲学は、①人は誰でもOKである。人は誰でも人間としての価値がある。②人は誰もが考える力を持っている。人生に何を望むかを決める責任が自分にあり。自分が決めたように生きることが出来る③自分の運命は自分自身が決め、そして決定を変えることができる。他人や環境は自分に強い影響を与えることがあるが、それに従うかどうかは自分次第の決断。

時間の構造化とは、エリック・バーンが「人間は退屈ということに耐えられず、ゆりかごから墓場までの自分の一生を6つの方法を使って構造化する」という理論に基づいている。6つの方法についての詳細は、今日は触れないが、交流分析のゴールは、最も人と人がお互いの存在を認め合い、相手の気持ちを率直に言える「親交・親密」と言われている。

同じ学びを得て、試験という非日常的な出来事を体験された皆さんの印象に残ったことが、お一人おひとり違っていたが、相補性で見ると共通していた。

そして帰宅後、不思議な程、家族との時間を大切にしたくなった。お互いを認め合い、信頼し合い、頼り合い、相手の言葉や気持ちを受け容れ、自分の思っていることをのびのびと話す。そして、お互いが共通して大切にしていることが見出される喜び。

何かを学ぶとき、学ぶ前に、得られることを予想すると思う。今日改めて思ったこと。学びにはゴールはない。そして、予想していなかったギフトが得られる。新しい自己の発見や、周りの人との対話を通して、モチベーションアップしたり発想が豊かになったりした。

人に与えられている時間は24時間365日、平等。どう過ごすかは自分で決めることが出来る。そして、そこでどのように人と交流を図るかも、自分次第。

新しい週は、どのような時間の構造化になるのだろうか。日曜日の学びは、私にとって、ありがたいなあという出来事の連続でした。