「好き嫌い」なんとなく、この言葉を聞くと、心がざわつく。

「食べ物で好き嫌いはありますか?」「何でも食べられます」と言うと、わがままではないイメージ、ちゃんとしているイメージだろうか・・

「人で好き嫌いはありますか」「誰とでもご一緒できます」と言うと、同じく、わがままではないイメージ、ちゃんとしているイメージだろうか・・

「食べ物で好き嫌いはありますか?」と聞かれて、「〇〇が嫌いです」ではなく、「〇〇が苦手です」と答える方が多い。

私は、ワカメがメイン(ワカメの酢の物・ワカメのお味噌汁など)の食べ物は最近食べられるようになったが、うどんやラーメンにワカメは入れてほしくない。しかし、ワカメが「嫌い」なわけではない。身体にいいのはわかっているし、人間の身体で生成できない栄養素なので、素晴らしいとも思っている。

「あの人のことは好きになれない」「あの人は嫌い」という言葉は、何も生み出さない気がしている。「あの人は苦手」「あの人と居たくない」ならば、なぜ、そう感じるかに目を向けると、自己理解が深まる。そう感じることに正解、不正解はない。そう感じる自分自身の先には、美しい大切にしたいものがある気がする。

書きながら、何度も迷路に入ったような感覚になった今日のコラム。皆さんは、どう感じられたでしょうか?